暗号解読(下)

歴史のあらゆる局面で、まさに鍵の役割を果たしてきた暗号。その基礎技術と、暗号を中心に繰り広げられてきたストーリーが一気に読める「暗号解読(上)」のつづき。

暗号解読 下巻 (新潮文庫 シ 37-3)

暗号解読 下巻 (新潮文庫 シ 37-3)

「失われた言葉」古代文字の解読から、現代の高速・大量データ通信に欠かせない現代の最新暗号技術(DES,AES,RSA)、そして、その安全性の根拠になっている基礎理論。さらに、現代暗号を打ち破る量子コンピュータの可能性と、その先を行く量子暗号の現状までが綴られる。

 ▼上巻の感想はこちら。
 http://d.hatena.ne.jp/mnishikawa/20080317/1205762224

5章 言葉の壁

「失われた言葉」、古代文字の解読がテーマ。
古代言語は、とにかく解読が難しい。第2次世界大戦時には、アメリカは通信兵としてナヴォホ族(アメリカ先住民)を各部隊に配置していた。彼らの話す言葉は、文字を持たず、一般的な文法や単語・発音からかけ離れている上、その部族以外はナヴォホ語を聞き取ることさえできない。エニグマの複雑な機械暗号さえも打ち破られていた情報戦の中で、この驚くほど単純な「暗号」通信は、ついに破られる事が無かった。数学的アプローチで考えられた暗号は、一つのエレガントな理論や圧倒的な計算量によって解読されるが、古代言語は最強の暗号と言い得る。この章では、「線文字B」というエジプト古代文字の解読が取り上げられている。解読に当たった学者達が何世代にもわたって取り組んできたこの難問は、発掘されたわずかな石版や壁画を手がかりに、パターンや時代背景・仮説をつなぎ合わせることでまさに一文字ずつ紐解かれた。古代文字の解読によって歴史が蘇る。あらゆる時間を読み取る術を得た、まさに偉業である。古代文字の解読プロセスにはあらゆる知識が組み込まれており、言語学歴史学の集大成と言える。歴史に挑む「知」のストーリーは非常に深い。解読を果たした人々のすごい感動をちょっとだけわけてもらえたかも。

6章「アリスとボブは鍵を公開する」

7章「プリティー・グッド・プライバシー」

この2章では、現代の高速・大量データ通信に欠かせない暗号技術がテーマ。鍵交換の安全性とコストの課題を解決するための、画期的なアイデアである公開鍵暗号の考え方と誕生の経緯について。
今やインターネットしてるだけで自然に行われている暗号化だが、その安全性の根拠や、解読の可能性をしっかりと知る機会は少ない。これについては、アリスとボブとイヴという登場人物のやり取りが暗号理論の教科書的なお話になっている。素因数分解の複雑性に根拠を得た現代のRSA暗号の誕生と、数学理論全盛の現代暗号の基礎理論も、是非読んでおきたい内容である。

8章「未来への量子ジャンプ」

現代暗号の安全性は、解読者側が圧倒的な計算量を手にしたときに崩れ去る。その有力な手段である量子コンピュータの基礎理論を知る。また、量子論は現代暗号の安全性を打ち破るだけでなく、究極の暗号理論である「量子暗号」の可能性も生み出した。暗号はその時代の知識を駆使して活用される分野である。暗号作成と解読の技術は、物理学の限界とその先を見据えている。

上・下まとめ

暗号をかける側は何としても読まれたくない。暗号を解く側はあらゆる手を駆使する。長い歴史の中で繰り広げられてきた高度な「知」のパズルは、それに関わった人たちを中心に、壮大なストーリーを残してきた。
「暗号解読(上/下)」を通して、暗号の歴史はもちろん、基本的な技術解説も非常にわかりやすくまとめられている。翻訳本とは思えない読みやすさもあり、すばらしい本でした。